「三島さんのつくった新聞や雑誌はひどく人間臭いのさ。ひとつひとつが、「あっ、すいま せんねえ!」とか「こんちは!」とか、語りかけてくるみたいだよ。一冊一冊、一缶一缶 が、そわそわと自分の居場所を探していたりしてね。とても人のような存在感を放つんだ。」
秋元雄史
(東京藝術大学大学美術館 館長・教授/ 金沢21世美術館 特任館長/ 美術評論家)
三島は情報化時代において、情報に埋没する怖さを、絵画に新聞、ビラを使ったコラージ ュで表現していましたが、 1971 年以降からは、 活字や印刷物をシルクスクリーンで陶 に転写し、割れるという ’怖さ’を三島の不安や危機感と重ね合わせて立体作品で表現 するようになります。割れるゴミ、割れる新聞、割れる印刷物などアメリカの消費社会を 模倣しながら急成長していく日本社会を背景に、三島が“現代”に感じる恐怖や不安をよ りリアルに、そしてユーモラスに作品に表現しています。
1975 年に制作された作品 5 点のうち4点は今展が初公開となる作品です。割れない陶器 を模索していた頃の作品で、2000 度で焼成された作品は、ぶつかると鉄のような音がし、 実際は薄く作るので結局は割れてしまうという、陶器の性質からは切り離せなかった作品 です。残りの1点、Film‘75 はインスタレーションの作品で、三島が、夫、故三島茂司 (みしましげし)氏を 35mm フィルムで撮影し、陶器にシルクスクリーンで転写したもの です。
ギャラリーを入ると一番に目に飛び込んでくるのは、三島の代表作の一つである、ゴミ箱。 いろいろな時代を投影した90の空き缶がランダムに積み上げられ、三島が意識する“現 代”を絶妙に表現した作品です。これは三島がゴミの作品を制作するきっかけになった作 品で、ある日、飯場で工事のおじさんたちが飲み終わったコーヒー缶を次々にゴミ箱に捨 てているのを見て、“これや”と 。
その他、Sunkist, Battery, Postpak などの箱のシリーズ、ついついワイヤーをぎゅっと
持ってリサイクルに出してしまいそうなNewspaper, 漫画を夢中で読んでいる人が目に浮 かぶ Comic Books などが並ぶ。人を驚かす意外性が面白いと語る三島作品の集大成だ。