SOKYO ATSUMIでは、パリ在住の美術家 湊茉莉の個展『あはうみのつちときおく、だいちとのたいわ』を開催いたします。昨年から今年にかけて湊が滋賀県立陶芸の森にて滞在制作した31枚の陶板からなる大作を中心に、パリで描かれた絵画作品も交えたインスタレーション的な空間を展開します。湊の幅広い活動を垣間見れる展覧会となっております。
湊茉莉は即興性を感じさせる筆致と、鮮やかな色彩によるペインティングで知られています。国内外の公共施設や劇場の壁画制作をするなど、空間を大胆に活かした作品を発表。パリを中心に、日本を含む世界の文化をリサーチしながら滞在制作に取り組んでいます。
ここ最近では、国内初個展となった銀座エルメスでの『うつろひ、たゆたひといとなみ』(2019)や、個展『はるかなるながれ、ちそうたどりて』(京都市京セラ美術館 ザ・トライアングル、2021)も話題を集めました。今秋はParis+ par Art Basel と同時開催されるAsia Nowにも出展いたします。
湊の制作は、展覧会を開催する地域や環境に対する入念なリサーチから始まります。展題の「あはうみ」とは淡水の海、すなわち「みずうみ」を指す古語です。本展の中核を成す出品作は、今春4月から6月にかけて開催された滋賀県立陶芸の森 アーティスト・イン・レジデンス企画展『ながれ-あはうみの つちときおく』で公開されたものです。古代湖である琵琶湖とほど近い信楽での制作は、考古学・人類学的アプローチを続けてきた湊にとって多くのインスピレーションを与えるものでした。本展について、湊は以下のように話します。
作家によるステートメント
私はこれまで、絵画を中心に制作活動をしてきた。2019年には、建築や屋外での作品制作において、人類の文明に深く関わってきた「器」の普遍的な存在と、時間や光の変化と共存しながら周囲の環境を受け入れてきたガラスの建物のイメージから着想を得て、その建物の壁面に絵具を用いて「Utsuwa(器)」という大きな作品を描いた。この作品以降、厚みのあるマチエールで深みのある色彩を発色させることを模索し始め、耐候性・耐光性・耐久性の観点から、「陶」の技術に関心を持った。
また、自身の制作活動において、その土地について綿密にリサーチすることがインスピレーションのもととなっている。昨年から今年にかけて招聘を受けた滋賀県立陶芸の森・創作研修館アーティスト・イン・レジデンスにおける制作では、まず古琵琶湖層群という地層に着目した。古琵琶湖層群とは、南は三重県の上野盆地から、北は滋賀県の近江盆地(琵琶湖を含む)にかけて、約50㎞におよぶ広い範囲に分布していたといわれる鮮新世~更新世の地層である。この粘土層から採土した土を胎土として現代まで受け継がれている「信楽焼」の技術が生まれた場所で「陶」の技術を観察し、まずは弥生土器を模することから制作を試みた。信楽の歴史を学び、古代の土にも触れていく中で、2009年に信楽窯業技術試験場で開発された信楽透土(とうど)という土に出会った。
信楽で生まれた土を使い、信楽の記憶である水のながれ、時間のながれ、歴史のながれを、白い泥を含んだ布の動きにより表現した「ながれ」は彫刻的な側面を持つインスタレーションであり、自身の初の陶作品である。
同じく信楽透土を用いて制作した「あはうみのつちときおく」では、人の生活する場所-生活空間-建築と一体化し機能性を持つ「陶」であるタイルに着目した。近代においてその技術は更に発展したといえるが、技術と自然の持つ力との対峙、古代から輪廻を繰り返してきた物質としての土と近代開発された「陶」の技術との対話としてのインスタレーション制作を実践した。このように、信楽の歴史や「陶」の技術と対話し、インスタレーションを制作した。
SOKYO ATSUMIでの個展では、陶芸の森にて制作した31枚組の作品である「あはうみのつちときおく」を中心に、信楽透土を用いた『陶』の上に描いたドローイング作品、紙や布を媒体とした作品など、私が現在に至るまでに世界各地の自然や文化の誕生に着目して制作したシリーズと、物質としての土や鉱石などをドローイングのモチーフにした作品で構成している。
湊茉莉
絵を描くことへの問いから出発し、より根源的な造形行為である陶芸へ接近していったことは、湊にとって自然の成り行きだったのかもしれません。信楽は日本六古窯の一つとして、長い陶芸の歴史を有しています。古来より土(陶芸)と水(琵琶湖)は、地域の人々にとって身近な存在として親しまれてきました。湊はその関係性に注視しながらも、鑑賞者に新しい発見を与えるような示唆に富む作品を発表します。
湊の作品は土着の文化背景を含みながらも、日本画の技法を礎に顔料などを用い描画する絵画作品と同様に、セラミックを素材として繊細な色彩や素材感を活かしながら制作に取り組んでいます。
湊はその「場」の記憶や歴史を可視化することをコンセプトに手法や素材を選び、異なる作品同士がゆるやかに関係性を持つ展示空間を織り成すことが重要であると考えています。31枚の陶板を敷き詰めて構成される7mの大作《あはうみのつちときおく》は、陶板1枚ずつにも湊の世界観が表現されていますが、それらがシャモット(焼いた粘土を砕いた粉末)の敷き詰められた台座の上で横並びとなり、鑑賞者は新しい空間を知覚するようになります。このように湊の作品は個々の要素が結びつくことで、より大きな空間を感じ取ることを可能にしています。空間や時間に対する人々の向き合い方は、時代によって変化し続けますが、湊は展覧会の空間を通じてその土地に生きる人々の営みや歴史を私たちに想像させるのです。
海外でも精力的に発表を続ける湊にとって、日本でのリサーチの一つの到達点ともいえる本展をご高覧賜りますようお願い申し上げます。