梅津は、「美術とはなにか」、「人がものをつくるとはなにか」という根本的な問いについて、様々な角度から思考してきました。明治以降の日本近代絵画の成り立ちを批評的に捉えた自画像シリーズで高く評価され、絵画以外にもパフォーマンスを記録した映像などを発表してきましたが、ここ数年は窯業の町・信楽にアパートを借り、信楽にある丸倍製陶の一角を間借りして作陶に没頭する日々を送っています。昨年の夏には梅津の企画により「窯業と芸術」が3会場にて開催され、信楽を散策しながら「焼き物」を起点に、芸術と産業について考える催しが行われました。「窯業と芸術」を経て、本展の「ひげさん」では作家と職人の仕事を対等な形で提示し、「作品」と「製品」の違いについて考察します。本展は艸居と艸居アネックスの二つの会場にて同時に開催いたします。この貴重な機会に是非ご高覧いただけましたら幸いです。
本展について(テキスト:梅津庸一)
本展は信楽で丸倍製陶を営む神崎倍充と美術家である梅津庸一による2人展です。通常の2人展とはやや趣向が異なります。というのも神崎は工人(職人)として、梅津は作家(美術家)として活動しています。したがって神崎は自分が作るものを「製品」、梅津は「作品」と認識しています。では「製品」と「作品」の違いとはなんでしょうか。ここには「人がものをつくるとはなにか」という本質的な問いが横たわっているように思います。ひとえに「焼き物」と言っても日常で使うもの、建材、伝統工芸、オブジェと用途や受容のされ方はさまざまです。また「製品」と比べて「作品」は一点ものであること、そして独自性が強調されがちです。けれども「製品」が必ずしも均質的で代替可能なものとは限りません。神崎と梅津が拠点とする信楽の現在の状況を辿りながら考えてみたいと思います。
周知の通り信楽は日本有数のやきものの産地であり六古窯のひとつに数えられます。古琵琶湖層から良質な粘土がとれ、さらに陶工たちの高い技術力も相まって「大物」を得意としてきました。土味を生かした素朴な味わいも特徴のひとつです。また信楽は時代のニーズに合わせ壺、たぬきの置物、傘立て、蘭鉢、花器、洗面鉢、浴槽など様々な物を生産してきました。昭和初期には、火鉢の国内生産シェアの80%を占めていました。信楽は他の産地と違い現在でも機械による大量生産ではなく職人の手によって一点一点作られています。つまり地元の粘土を使い職人たちの手で作られるという点が信楽焼のブランドを担保してきたと言えます。それは「製品」でありながら個体差があり「作品」的な特徴も兼ね備えていることを意味します。
しかし現在、質の良い粘土は枯渇しつつあり信楽の粘土を使っての生産は難しくなっています。また、その土地の粘土で職人の手によって作られる「人と土と炎の出会い」といった物語性を帯びた「信楽焼」は過去のものになろうとしています。それでも職人のノウハウ、大きな窯、粘土や釉薬の膨大なデータベースなどは健在であり、それを求めて多くの「作り手」が国内外から信楽を訪れています。最近では特に現代アートの作家が目立つようになりました。かつて量産品を作っていた信楽の窯業のインフラの一部は現代アート作品を生産するための下部構造となっているのです。という僕も丸倍製陶の一角を間借りさせてもらっています。
ところで本展のタイトルになっている「ひげさん」とは髭をたくわえた作家先生の呼称です。「ひげさん」はどちらかと言えば「作家」をやや否定的に捉えた蔑称でした。かつて信楽ではいわゆる個人で好きなものを作る陶芸家=作家よりも大きなのぼり窯や製陶所を有する職人の方が、強かったのです。それは現在の信楽の街並みを見ても一目瞭然でしょう。
このように「焼き物」をめぐる現在の状況はたいへん入り組んでいます。かつて絵画や彫刻などは「純粋美術」と呼ばれ、焼き物などの工芸は「応用美術」と分類されてきました。しかし近年では「伝統工芸」「クラフト」「現代アート」などの境界や定義は曖昧になりつつあり「焼き物」がどこに分類されるかは「作品/製品」自体の形式よりもそれが発表される場所や属するコミュニティーに規定されるようになりました。繰り返しになりますが本展は神崎と梅津による2人展ですがそれぞれの作った成果物を紹介するのみならず、美術/アートと産業をセットで捉え直すことで「ものをつくるとはなにか」「文化の担い手は誰か」という命題に少しでも近づきたいと考えています。
梅津 庸一(うめつ よういち)
1982年山形県生まれ。美術家、パープルーム主宰。日本における近代美術絵画が生起する地点に関心を抱き、日本の美大予備校や芸大での教育に鋭い視線を投げかけた制作、活動を行う。自画像をはじめとする絵画作品やパフォーマンスを記録した映像作品の制作、展覧会の企画、論考の執筆などの活動に加え、制作/半共同生活を営む私塾「パープルーム予備校」の運営も行う。主な個展には2014年「智・感・情・A」ARATANIURANO(東京);2015年「ラムからマトン」ARATANIURANO(東京);2017年「APMoA Project, ARCH vol. 20 梅津庸一個展 未遂の花粉」愛知県美術館(名古屋・愛知);2021年「平成の気分」現代美術 艸居(京都)などがある。主なグループ展には、2017年「恋せよ乙女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画」ワタリウム美術館(東京);2019年「百年の編み手たち―流動する日本の近現代美術―」東京都現代美術館(東京);2020年「梅津庸一キュレーション展 フル・フロンタル 裸のサーキュレイター」日本橋三越本店本館6階コンテンポラリーギャラリー(東京);2021年「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989-2019」京都市京セラ美術館(京都);2021年「絵画の見かた reprise」√K Contemporary(東京)などがある。今年は森美術館開館20周年記念展「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」に参加、作品集「梅津庸一|ポリネーター」(美術出版社)を刊行するなど多岐にわたる活動を展開している。
神崎 倍充(かんざき ますみつ)
信楽焼伝統工芸士。滋賀県甲賀市信楽町で丸倍製陶を営む。以前の屋号は神崎半左衛門から丸半とし灯篭、火鉢などを製造。昭和中期に丸倍製陶に改め、蘭鉢の製造に特化する。現在は傘立、花器の製造の他、アーティストの制作協力等を行う。
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