「高温でとろりと溶けたガラスは内臓や血液といった人間の肉体的な存在、冷えて固まった壊れやすいガラスの儚さや緊張感には心の繊細さや脆さという人間の精神的な存在を感じる。」と小松は言います。作品制作中に生じる「いったい自分は何者なのか。」「人間とは何なのか。」という問いから派生する、「自分のことは自分が一番わかっているつもりだけど、本当にそうなのだろうか。」という事に気付いたとき、彼女はとても不安な気持ちになると言います。自身を把握できていないという不安は徐々に大きくなるものです。しかし、人間的な二面性を帯びたガラスという素材を扱ううちに、徐々に自身の人間としての輪郭が色づき、濃くなり、作家自身に「今ここにいる」という確かな存在感をガラスは教えてくれます。こうした自身の存在の再認識により、存在に対する不安は再び小さくなり、ガラスによる真っ白な何もない空間・世界を作り上げること、人間の輪郭を色濃くすることで、自身の存在を確かめ、自身に対する問いの答えを探すことが自身における制作の目的ではないかと小松は考えるようになりました。
これまではガラスの透明性を特徴とする作品を制作してきましたが、本展では、白色の色味を持った作品も展示されます。これまで用いていた技法と全く異なる技法を用いることで、透明のガラスだけでは表現できなかった、皮膚のような柔らかい質感の表現に成功しました。この新たなシリーズの作品によって、これまでの透明なガラス作品の制作で彼女が感じていた人間の存在以外に、優しさや柔らかさ、身体を覆う皮膚のような表情が作品の一部として加わり、さらに小松の探し求める人間の輪郭が色づきました。
ガラスの性質、色を用いて人間とは何かを探求しようとする小松の作品が、一変した日常をやり過ごして生きる私たち現代人に、人間の存在とは何かを考える機会を与えてくれます。
小松 実紀(こまつ・みき)
1996年新潟県生まれ。2019年秋田公立美術大学ものづくりデザイン専攻卒業、東京藝術大学美術研究科工芸専攻陶・磁・ガラス造形研究室修士課程入学、現在在学中。2017年Urban Glassワークショップ Sayaka Suzukiクラス(ニューヨーク、アメリカ)、2018年第31回新島国際ガラスアートフェスティバル Davide Salvadoreクラス(新島ガラスアートセンター、東京)でのワークショップ受講。主な展覧会として2018年「Glasses」(秋田市新屋ガラス工房ギャラリー、秋田)、2019年第12回ガラス教育機関合同作品展「GEN」(東京都美術館、東京)、「若手作家展 陶・磁・璃」(現代美術 艸居、京都)などがある。