東學は数多くの宣伝美術を製作するアートディレクターとして活躍する一方、「墨画(ぼくが)」を描く絵師として活動しています。和紙に墨で女性を描いた東の作品には伝統的な水墨画などに見られる“ぼかし”がなく、すっきりとした線のみで構成されている点が特徴的です。女性の黒髪も、柔肌の丸みも、着物の柄として描かれた様々な花や生きものたちの表情もすべて、極めて細い筆先から生み出される線だけで表現されており、濃淡部分は何重もの細い線を引くことでその濃さを表しています。また、墨以外の色を排除しているにもかかわらず、絵の中の女性たちは鮮烈な色彩感覚を呼び起こし、官能的で、手ざわり、匂いまでをも見る者に感じさせます。
石井亨は日本の伝統技法である糸目友禅染で現代社会をユーモラスに描き出し、「現代の浮世絵師」とも呼ばれています。本展に展示される作品は江戸初期の浮世絵師、菱川師宣の「見返り美人」をモチーフにした作品で、オリジナルは当時の最先端のファッションを菱川師宣が紙と墨というアナログな手法で描いたものです。それを石井はファッション雑誌のイメージをインターネットでコラージュし、デジタルな手法を用いて染め上げました。石井が用いる線は作品の素材となる布の縦糸と横糸の線であり、その線は彼にとって時間軸の意味合いを持ちます。
本展唯一の女性作家である國久真有。彼女は自身の体を軸として、腕のストロークと遠心力を利用した、身体が持つ円を用いて描く手法で作品制作をしています。國久は創作活動において経験と身体性を重視しており、自身の身体を使って描く円は、自身の経験によって刻々と変化するものだと考えています。つまり、作家自身が様々な場所を訪問するなど、たくさんの出来事を経験する前後では生み出される線にも変化があるという認識です。ある出来事を経験した身体は、また新しい円を生み出し、幾重にも繰り返し引かれるその円がひとつの単位となって、作品を作り上げます。本展では、女性の身体性を前面に押し出した、「wit-wit」シリーズを含めた、今年制作された作品をご紹介致します。
東 學(あずま・がく)
1963年京都生まれ。扇絵師である東笙蒼の息子として幼い頃から絵筆に親しむ。1981年アメリカ、カリフォルニア州サンタクララ高校卒業、1992年創造社デザイン専門学校卒業。現在、大阪にてアートディレクターとして勤務する傍ら、墨画制作を行う。受賞歴は1978年サンノゼタイムズ主催絵画コンクールグランプリ、1980年カリフォルニア州絵画コンクールグランプリ、2005年大阪市長賞(画家・鉄秀との共同制作)。メトロポリタン美術館が1980年の絵画コンクールグランプリ作品を収蔵。
石井 亨(いしい・とおる)
1981年静岡県生まれ。2006年東京藝術大学美術学部工芸科染織専攻卒業、2008年チェルシー・カレッジ・アート・アンド・デザイン修士課程、テキスタイルデザイン科交換留学(ロンドン、イギリス)、2010年東京藝術大学大学院美術研究科工芸科染織専攻修了、2014年東京藝術大学大学院美術研究科美術専攻博士後期課程修了。現在、埼玉県にて制作。受賞歴は2007年第8回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル 審査員奨励賞、2011年イセ・カルチャル・ファンデーション・学生美術展覧会 デイビッド・ソロ賞、2013年2013年度博士審査展 野村賞、2017年The Annex Collection Acquisition入選。収蔵先に東京藝術大学美術館(東京)、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン、イギリス)、モリカミ美術館(マイアミ、アメリカ)。
國久 真有(くにひさ・まゆ)
1983年大阪府生まれ。1999年大阪市立工芸高等学校インテリアデザイン科卒業、2000年大阪モード学園夜間パターンメーキング科修了、2003年ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校ファウンデーション・ディプロマ・イン・アート・アンド・デザインコース修了、2010年神戸芸術工学大学先端芸術学部造形表現学科卒業、2012年神戸芸術工科大学芸術工学研究科総合アート専攻修士課程修了、2015年神戸芸術工科大学芸術工学研究科芸術工学専攻博士後期課程満期退学。現在、神戸にて制作。受賞歴は2017年UNKNOWN ASIA審査員賞:松尾良一賞、レビュアー賞:中島麦賞、三村康仁賞、2018年第47回現代芸術国際AU展TIVOLI Award、第22回岡本太郎現代芸術賞特別賞。収蔵先にMuseo dell’ altro e dall’ altrove di Metropoliz(ローマ、イタリア)、東大阪市立図書館(大阪)。