展覧会名「中と外」は、チャットが作品において非常に重要であると考える器の内側と外側のバランスのことを象徴しています。西洋の伝統ではほぼ外側だけを重視し轆轤をまわし形作ることが一般的である一方で、日本では内側の形状に焦点を当てることが特徴です。この「中と外」という考えは、本展のベースになっています。
2023年、京都で磁器の巨匠、八木明のもとで修行をし、そこで日本の伝統的な厳しい轆轤技術を学んだチャットは、西洋と日本のアプローチの違いに初めて魅了されました。それ以来ほぼ磁器だけを扱うようになり、それが修業時代の最も大きな変化とりました。チャットにとって、磁器は無垢な記憶の素材であり、轆轤の工程を通じてその生命を保ち続けると考えます。当時彼が日本で制作した作品は、この動き、流動性、生命感を捉えようとしたものが多くあります。
2024年、弊廊でのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムでは、磁器への興味をさらに深め、抽象彫刻と茶碗の両方を制作しました。一連の彫刻作品は、磁器の特性やその限界に着想を得ており、素材が素材でありながら、自然のパターンが変化していく様相やそれによって喚起される風景への関心を反映しています。また、日本の茶道に見られる芸術、詩、哲学、宗教、自然が融合する特性への興味から、茶碗のフォルムの制作も行われました。
同年には陶芸家・道川省三の招きで静岡県ささまに滞在し、日本の田舎のドラマチックな風景に触発されました。この期間中、実験的な新作の彫刻は道川の穴窯で焼成されました。薪窯での焼成過程では、彫刻の形状が火と煙の流れに影響を受け、その結果として生じた痕跡は、作家と自然との対話を示すものであり、自然との遭遇に応じて反応した結果であるとチャットは考えます。
ささまでの制作活動の際に、磁器の彫刻に少量の日本の粘土を織り込む実験を始め、このような粘土の混入は、磁器の純白さと対照を成す独特の色彩を生成するだけでなく、薪窯という予測不可能で自然発生的な環境において、結果が未知であるという偶然の要素をもたらしました。こうした制作手法は、自然の力とその予測不可能性と深く結びつくことで、チャットの芸術表現に対してより深い共鳴を与えることになります。
チャットは、日本の田園風景は、幼少期から成人期までを過ごしたイギリス、特にスコットランドの風景と類似性を感じる一方で、日本の自然が持つ圧倒的な力や多様な要素、さらにはその中に潜む予測不可能性に深い衝撃を受けました。青磁は空気、空、海を表し、薪窯で焼かれた作品は土、岩、石を連想させるように、日本の自然の力はより生々しく、そして直に目に見えるものとして存在していることを観察しています。日本の風景はチャットにインスピレーションを与え、日本での生活は繊細でデリケートな素材に適用できる新たな可能性と野心を与えるきっかけとなりました。
本展では、弊廊での滞在制作中に京都で制作した作品の他、静岡県ささまに滞在し制作した作品、そしてイギリスで制作した新作を展示いたします。
彫刻作品と茶碗などの作品は、通常、異なる空間に展示されることが多い現実において、同一の作家によって生み出された作品にも関わらず、それぞれ異なる性質を持つことにより作品の間に生じる序列について疑問を投げかけ、造形的な作品と用途性の食器を同一の空間で展示する意義を再考する機会になればと願っております。
日本で初めての個展となるこの貴重な機会に、是非ともご高覧いただければ幸いです。
サム・チャット(Sam Chatto)
1996年ロンドン生まれ。現在、イギリス、ウェスト・サセックスのスタジオで制作。
2018年から活動。スコットランドのラサーロンにあるノースショア・ポタリーで学ぶ。2023年京都の磁器の巨匠、八木明のもとで修行。主な展覧会に、2021年「Ceramic Selection London」Laurence Coste(ロンドン);2022年「Imagined Landscapes」Yerevan Im Ser Foundation(エレバン・アルメニア);2023年「Summer Presentation」The Royal Drawing School(ロンドン);「Ceramic Collection」Fels Gallery(ロンドン);2024年「Objects of Contemplation」Make Hauser & Wirth(サマセット・イギリス);「Crosscurrents London I Armenia」Redfern Gallery(ロンドン);「Hot Water for Tea」Make Hauser & Wirth(サマセット・イギリス); 2025年「Ceramic Brussels」RAM Galleri Presentation(ブリュッセル)など他多数。主なアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに、2022年Make Hauser & Wirth(スコットランド);2024年艸居(京都);Make Hauser & Wirth(スコットランド);2025年RAM Galleri(オスロ)などがある。