艸居(京都)では、井口大輔 個展「時間と草枕」を開催いたします。2021年の個展以来4年ぶり、2度目の開催となる本展では、茶盌6点を含む新作31点を展示いたします。艸居アネックスでは、それぞれに表情の異なる《銹変陶銀彩器》5点を不均等な台形型の展示台に展示し、ホワイトボックスの空間に新しい時間軸と存在性を構築します。
井口は、時間が刻む痕跡に魅了され、そのイメージを陶の造形へと昇華させてきました。自身が名づけた「銹陶(しゅうとう)」は、籾殻灰を用いた焼成と研磨によって生まれる独特の肌合いを特徴とし、長い年月を経たかのような深みと存在感を湛えています。紐づくりによる柔らかな曲線と緊張感のある輪郭、そして表面に施された細やかな線が、作品に静謐な奥行きを与えます。
展覧会タイトル「時間と草枕」は、夏目漱石の小説『草枕』(1906年)に由来しています。
同作では、画家である主人公が都市生活の煩瑣な日常から離れ、「非人情」の境地―俗世的感情や功利的利害を超越した純粋な美の世界―を希求して山路を旅する姿が描かれます。主人公は「美とは何か」「人間と自然との関係はいかに構築されるべきか」といった根源的な問いに向き合いながら、西洋美術と東洋美術の差異をめぐる思索を深めていきます。そこには、漱石自身の美学や美術観が濃厚に反映されており、井口の制作理念と多くの点で響き合います。
また、山路の風景や温泉宿の情景が詩的に描かれる場面は、日本的自然美を顕現する象徴的な空間として機能しています。こうした描写は、井口が幼少時代から蓄積してきた自然の中に見出す田園風景や動植物、古い道具と深く共鳴しています。さらに、漱石が「小説は筋がなくてもよい。ただ"美しい感じ"が残ればよい」と記した言葉は、井口の「見る人に説明のいらない作品になればよい」という制作理念と重なります。陶という素材に時間の痕跡を刻み込み、内と外をつなぐ造形を追求する井口の作品は、自然と人間、美と時間の関係を静かに問いかけます。艸居での新たな挑戦となる本展を、ぜひご高覧いただけますと幸いです。