艸居(京都)は、アメリカ出身の美術家、タイラー・コバーンの当ギャラリー初個展「空間による誘惑」を開催いたします。本展は、「燭台の男」(2023年–)と「石化した人々」(2022年–)の二つのプロジェクトで構成されています。いずれも思弁的な関心を共有しつつ、前者は日欧間の初期文化交流を、後者は西洋の歴史博物館をめぐる政治性を考察します。日本のクリエイターたちとのコバーンの継続的な協働を反映し、本展には水島太郎、長沼航、佐々木二郎が参加しています。

 

手前の展示室には、コバーンが2023年のトーキョーアーツアンドスペース・レジデンス・プログラム滞在中に展開した「燭台の男」の新たなインスタレーションが設置されています。一方の壁面には、16世紀から17世紀にかけて初めて日本に渡来したヨーロッパ人を象った織部焼燭台の現代の複製がいくつか並んでいます。主に佐々木二郎が制作したもので、それぞれに

コバーンが今年3月の艸居でのレジデンス中に制作した和蝋燭が添えられています。蝋燭の制作にあたっては、京都の工房「中村ローソク」で学んだ技法が用いられました。素材には、和蝋燭の伝統的な原料である櫨蝋に加え、1543年にポルトガル人が上陸した種子島の地でコバーンが採集した地衣類を浸出させた油が使われています。

 

向かいの壁面には、京都の上羽絵惣の胡粉を用いたコバーンによる繊細な彫刻作品が展示されています。コバーンは胡粉をパテのように転用し、狩野山楽が17世紀初頭に描いたポルトガル人の長崎来航を主題とする屏風から、地衣類の点描を写し取りました。会期初週末と最終週末に行われる語りのパフォーマンスでは、コバーンと長沼航が蝋燭に火を灯し、この壁面を舞台装置として、過去へと通じるさまざまな感覚の回路を開きます。

 

奥の展示室へ向かう途中には、「燭台の男」のいわば「舞台裏」の要素が配されています。まず、畳の展示台の上に、コバーンと佐々木が2025年に共同制作した二体の彫刻が置かれています。一体は佐々木と同じ当時の年齢におけるコバーンを、もう一体はコバーンと同じ当時の年齢における佐々木を表したもので、それぞれ70歳と41歳の姿です。入れ子の構造をなし、二人の像は手前のギャラリーに展示された燭台のミニチュアを抱えています。次に、展示用のニッチには、蝋燭と同じ素材で作られた輸送箱と棒状の彫刻が置かれています。その形状は、17世紀に日本から中国やオランダへ輸出された銅のインゴットを模したものです。インゴットとは、溶解し再鋳造するための中間形態です。本展で展示されているインゴットは、蝋燭制作のための予備素材となっています。

 

奥の展示室には、学際的プロジェクト「石化した人々」が展示されています。本作は、2009年から2019年にかけて西洋の歴史博物館で数名の人々が石化した並行世界を想像するものです。ベンチの上には、こうした人々をめぐる物語を収めた小冊子が置かれています。コバーンが2022年に「イーフラックスジャーナル」で初めて発表したもので、文芸ルポルタージュの文体で書かれたテキストは、文化財の返還と送還、美術館への民間資金、収集と保存をめぐる政治性といった近年の出来事や議論を踏まえています。来場者はどうぞ腰を下ろしてお読みください。

 

奥の展示室の壁面には、コバーンが継続的に取り組んでいる紙によるシリーズの新作が展示されています。物語のなかで語られるように、石化した人々の身体表面が、その人物のいる展示室の色で斑点状に彩られている様子を表現したものです。コバーンはそれらの展示室を撮影した映像を3Dソフトウェアでポイントクラウド(点の集合による立体表現)に変換し、そこから斑点による表現技法の着想を得ました。艸居でのレジデンス中、コバーンはこの制作に水干絵具を取り入れ、顔料の沈殿物が紙の上で偶発的な形に広がり定着するのに任せています。

 

コバーンの物語の重要な場面に、ニューヨークのメトロポリタン美術館にある乾漆の技法で作られた中空の、まるで生きているかのような彫刻が登場します。この参照を示すかたちで、コバーンは水島太郎による乾漆彫刻をいくつか選び、奥のギャラリー全体に配置しました。粗削りで漠然と人の形を思わせる彫刻は、コバーンの抽象的でありながら身体性を帯びた水彩画と、謎めいた対話を繰り広げています。

 

展覧会のタイトル「空間による誘惑(Temptation by Space)」は、ロジェ・カイヨワの1935年の論考「擬態と伝説的精神衰弱」からの引用です。カイヨワはこの論考で、周囲の環境を視覚的に擬態する昆虫と、個を消して周囲に溶け込みたいという人間の欲望とのあいだに類推を見出しています。コバーンが「石化した人々」の物語で言及するこの「誘惑」は、登場人物たちが美術館で石と化す理由を説明しているのかもしれません。同時に、「燭台の男」における交流の複雑さをも映し出しているでしょう。そこでは異なる文化がそれぞれの境界を交渉し、そのあいだに広がる可能性を探り合っています。

 

艸居での新たな挑戦となる本展を、ぜひご高覧いただけますと幸いです。