艸居では、梅津庸一の個展「特選!梅津庸一、陶の秀作展」を開催いたします。本展は、2021年に艸居で開催した「梅津庸一個展 平成の気分」に続く、2回目の個展となります。

 

ドローイング、絵画、映像、「パープルームギャラリー」や「パープルーム予備校」の運営、執筆など、領域を横断する活動で知られる梅津庸一は、艸居での展覧会を契機として本格的に陶芸に取り組み始めました。梅津にとって陶芸は単に新たな表現媒体を獲得することではなく、美術史や制度的な文脈に結びついてきた自身の制作を解き、陶芸を取り巻く技術と産業の歴史に触れることで、「作品を作ることの意味」や「現代アートの産業的側面」捉え直す試みでした。梅津自身が語るように、作陶は長く眠っていた衝動を呼び覚ます「想像力回路の復旧」でもあります。

 

本展では作陶初期の貴重な作品、梅津の陶芸作品において重要な位置を占める《花粉濾し器》や《パームツリー》から、最新作の陶版までを通して、梅津の陶芸におけるこれまでの歩みをご覧いただきます。「特選」「秀作」という、すでに評価の定まった名品を選び抜いたかのような展覧会名には、作陶6周年を迎えたばかりの梅津が、自らの作品を堂々と「秀作」として提示する、大仰でユーモラスな身振りが込められています。誰が作品を選び、何をもって「秀作」と認めるのか。あえて権威的な響きをもつ言葉を掲げることで、本展は梅津の陶芸作品を通して「秀作とは何か」を問いかけます。

 

2026年後半、梅津庸一の作品は豊田市美術館で開催される「ワン・ルーム ワン・アーティスト ヤノベケンジ、堀尾昭子、梅津庸一、岡崎和郎」展、長野県美術館、そして艸居という異なる三つの場で、ほぼ同時期に紹介されます。さらに本展終了後には、滋賀県立陶芸の森で開催される「シガラキ・ニューウェーブ:ひろがる創造のいま」へと続き、陶をめぐる展示はさらに広がっていきます。2026年後半は、美術館とギャラリー、それぞれ異なる視点と規模で同時に立ち現れることで、梅津の現在を立体的に捉えることのできる、またとない機会となるでしょう。

 

こうした展開を迎える中で、梅津自身が本展について綴った文章を以下に掲載します。

 

特選! 梅津庸一、陶の秀作展

 

先日、PDF化された自作の作品リストを見て驚愕した。陶作品以外も多少含まれるものの、1000点を優に超えていたのだ。本展はその中からセラミックの作品のみを60点ほど選抜し、さらに新作を加えた艸居では久しぶりの個展である。

 

僕の陶作品において、《花粉濾し器》《ボトルメールシップ》《パームツリー》の3つのシリーズは、とりわけアイコン性が高く、造形よりも言葉や概念の図解化が優先されている。花粉や投瓶、あるいは太平洋戦争で戦死した僕の大叔父・宣夫に由来する「ハワイのお土産品のような椰子の木」など、美術家としての鍵概念から制作がスタートしているのだ。つまり、たんなるモチーフではない。したがって、造形的な出来不出来は作品の重要度とあまり関係がないのである。

 

陶芸といえば基本形である器からスタートするのが普通だろう。けれども僕は、これまで1点も器、ひいては実用性を備えたものを作ったためしがない。僕の作陶は2019年の年末から2020年の年明けにかけて始まり、一番最初につくったのが《花粉濾し器》だった。同作品は既製品のフライパンを型にして粘土を詰めてひっくり返したもの、つまり器の機能をキャンセルした、いわば「準レディメイド」を土台にしている。なお、左右非対称のテニスラケットのような部位は、藤編みやフィルターを意識したものだ。ところが、本体部分とフィルターで粘土の厚みが大きく異なり、さらに収縮率と耐火度の違う2種類の粘土を併用しているため、かなりの割合でひび割れが生じてしまう。

 

現代美術の世界に陶が出現して久しい。伝統的な陶芸の規範や秩序からの逸脱、職人的洗練とは異なる現代美術出身者ならではのユニークで柔軟な発想、即興性、あるいは焼き上がるまでどうなるかわからないという偶然性の強調——僕はこれまで、そうした役割を期待されることで陶芸界に居場所を与えられてきた。しかし、僕自身はそのポジションを必ずしも快く思ってきたわけではない。当然ながら毎回、窯から出す際にはヒヤッとするし、一見するとマイナス要素であるひび割れや変形を徐々に受け入れていくプロセス自体はたしかに経験している。しかしながら、僕は伝統的な陶芸へのカウンターとしてこれらを作ってきたわけではないのだ。

 

では、現代美術とはなんだろう? 第二次世界大戦後の美術表現全般を指すこともあれば、広義のコンセプチュアルアート、あるいは昨今では政治や環境問題、あらゆるマイノリティに対する問題提起や批評的眼差しを意味することもある。けれども、工芸やクラフトと交わる際の現代美術とは、アートマーケット、もしくは帝国主義に紐付いた「民藝」の文脈を引き継いでいることが多い。僕の観測範囲では、そのほとんどが前者である。多様化・多元化した現代美術は優等生の論文発表のような立派な主題で溢れる一方で、それらは国際展や一部の美術館展の時流に沿ったキュレーションを補強するのに使われるばかりで、実際には作品単体のコンテンツとしての観客は少ない。陶をはじめとする工芸は、現代美術の世界ではもっと素朴な売り買いの場で存在感を示してきた。アートフェアのブースの中央に今日的なテイストの壺を鎮座させておけば間が持つ、といった具合に。

 

また、陶の世界ではしばしば超越的な力、人間を「ヒト」と言い換えたり、縄文時代をはじめとする文明のルーツと自作の接続、内なる宇宙との交信など、あらゆる本質主義とスピリチュアリズムが飛び交っている。けれどもこのテキストもまたギャラリーでの個展に付随したものであるから、販売促進の役割を担っている。つまりプロモーションの芸風が多少違うだけと言えなくもない。むしろ、このテキストは逆効果かもしれないが。

 

ではなぜ、やや自虐的とも受け取られかねない「秀作展」を開催しなくてはならなかったのか。まず第一に、艸居で8月に急遽展覧会を開催することになり、テーマを設定する余裕がなかった。そして、このタイミングで作品を売りたいという僕個人の切実な事情もあった。昨年の夏から神奈川県の海老名にあるショッピングセンター・ダイエー(現イオン)にテナントを借り、「パープルームギャラリー」というスペースを運営し始めた。美術と縁遠いとされがちなショッピングセンターでギャラリーを運営することが、最もシンプルに世間と美術を接続することになるはずだと考えたからだ。しかし、身も蓋もないことを言えば毎月の家賃や運営費を捻出するのに苦労している。くわえて、パープルームギャラリーがいわゆるコマーシャルギャラリーとは異なる運営方針であることも、運営の難易度をさらに引き上げている。僕はコロナ禍以降、作品販売にそれほど関心を持ってこなかった。しかし、冒頭で述べた通り1000点もの作品データを目の当たりにして冷や汗をかいたのだ。

 

かつてダイエーの創業者だった中内功は打倒百貨店を掲げ、総合スーパーという新たなジャンルを開拓し、低価格・大量販売を実現した。本展のやや懐かしい百貨店風の展覧会名には、以上のような背景が折り畳まれている。

 

梅津庸一 (美術家、パープルーム主宰)